「眠たくてたまらないのよね」
午後の湿気った風に難癖を付けている。歩幅に隣人への依存心を投影する。知らないふりできればよかった。加虐心は苦いエスプレッソだ。子供のころは飲み込みたくない。大人になれば好んで啜る者もいる。たった一滴のために全てを投げ打つ者さえもが。万人受けするものは、平均をド真ん中つきぬけるだけ。だれの言葉だったのか。夏だからって脳内まで蜃気楼まみれにしなくても。ゆるみかけているネジを締めることができなければ、ゆくゆくは未来の首に手をかけるようなものでしかない。過去のあの子が言ったように思えた夏の残響。うそ。蜃気楼に蹴られたんだわ。
私が殺してあげたかった。
雨の音が響いていたあの瞬間、傘の中で微笑む男をまず踏みつけるために転ばせた。ごめんなさい!大丈夫ですか?慈悲と罪悪に満ちた表情で。うそ。どうでもいい。指先に忍ばせていた果物ナイフで男の人差し指、右側の第一関節に這わせる。ピッと分割して低い呻き声がこだました。耳がばかになる。壊れたレコードみたいな男を今度は踏みつけてあげたかった。でも、本能を捨てて私はただ、彼を救うために殺してあげた。これは、私がいちど死んで生まれる前のはなし。
次は彼は、女の子だった。彼女の前は彼だった生き物に、私は人の前で口に出せないようなことをして励ました。大きな感情を吐露して、しまいには私が殺してあげたかった、その念願を叶えるために、私が殺された。時間は猛烈なスピードでぎゅんぎゅん進んでいってしまう。殺してあげたい。吐息の数だけ。彼女を泣きわめかせて恨まれ憎まれた。美しい。それでよかったの。そして彼女はまた彼女になって現れたので、私は彼女をけして人前で口に出せないやり方で慰めた。要は同じだ。同じことをしたけれど内側の寄り添うための気持ちは全く異なる事情だった。おかしいな。惜しまれ尊ばれた。だけどちゃんと殺してあげられた。まず私が殺されることによって。
「起きた?」
「え?」
白昼夢だった。感情の波がじゃぶじゃぶ心臓を洗った。回転に忙しい洗濯槽のなかがまるで宇宙みたいに不可解な状態のまま注入され続けて許容分量オーバーが近い、みたいな。排水口の栓はどこだ。
「眠っていたんだな」
「…あぁ」
どうでもいいことだった。もちろんそうだ。そして私に未来はない。あるのは決まり続けられたこの道、変わることのない魂の追いかけっこ。
「お前の夢をみていたよ」
「どんな?」
男が答えを待っている。今度は男になった私に向けてやさしく眉尻を下げて見つめて待っている。
「昔のことだよ」
今度こそ完全に助けてみせる。君に本当の終わりをあげるために。
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