子供の頃はヒーローになりたかった。時間が経ったらいろいろわかりますね。こんなしょうがない大人になりました。どうにも、ごちゃまぜなかんじで勝手に人生過ごしますわ。 とにかく回収されるまでが生涯です。骨の残る破棄物編集所へようこそ。
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(トオル)
先輩に気合を入れろと叱られて、オスと叫んだ。顧問がいいかお前ら、青春は一度きりだからなと怒鳴った。みんな笑っていたのに、自分はとても笑う気にはなれなかった。
*
うちに帰ったら親戚の子、つまりいとこにあたる中学生のようたが来ていた。ようたは今日もやっぱりボウズだった。兄ちゃん!とよんだので、元気か?と笑ったら今日勝った試合をはしゃいで報告してくれた。ようたはやっぱりきょうもとても元気だった。
(月)
廊下を歩いていたら、おめでとう!と声をかけられたのに、相手の顔に微塵も見覚えがなかった。
学校に居る間はいつもそわそわした。となりの組の女の子が自分のところにきてほしいところがあるといったのでついていったら、好きですといれた。じぶんはとても戸惑ったけれど、あの子のことを想うと胸が苦しくなったのでごめんなさいといって部活に行った。ランニング中に転んだので、すこしだけ泣きそうになってしまった。
*
(さつき)
「はぎちゃんてさぁ、やさしそうなだけでちっともやさしくないもんね?」
眼前の男がいつもより鮮やかに微笑んでいる。
「あ、これは悪口ね」
ひんやりと冷えた真意と相反し、やわく無邪気な口調で尖った矛先を萩に突きつけ挑発している。弧を描く目じりの流麗な端正さは時に凶器になる。萩は眉を少しだけ上げてみせ、常人として正しくそして爽やかなパフォーマンスをする。
「彦坂、なにか聞いたのか?」
「べつに、なぁんにも」
萩の心は汚れている。きょうあの子が売春で捕まったらしい。まじかよ?思慮深さが盾となり、研がれた好奇心を装う邪念が、近しい間柄で噂としてうねっている。小さな噂。しかしキャンパスの中での揺らめきはさざ波になる。萩の思考の隙間から、ありえない、否ありえたとして、些か高揚。すげぇな、と漏らした揶揄が身を引き裂きながら飛び散って、その血飛沫の赤色で顔面が染まる思いだ。まさか、の可能性を踏みつけて、頭ごなしに否定してしまいたい。
「そうだ、おれはいろんなこと知ってるよ? おしえてあげようか」
彦坂は微笑んでいる。美しく艶めいた笑みを頬に滲ませている。萩は詮索心と干渉欲とに浸された好奇をまるで見透かされているみたいで、気持ちがちっとも落ち着かない。彦坂が傍らに並んで、双眸を伏せた。
「あ、でもやっぱりはぎちゃん、よろこぶかもしれないからなんにも言ってあげない」
「むかつく」
「え?なぁに?」
彦坂は得意げに右頬をもちあげこちらを見た。萩は彦坂がきこえないふりをしたことに気付いている。彦坂もまた、萩が己の意図を察していることを解っている。
「おれは、はぎちゃんの味方なんだからね」
沈黙が真っ逆さまに落ちてくる。彦坂はそれきり黙ったまま身じろきさえしない。そうして、やはり微笑みの吐息を漏らす。萩はこの男が猛烈に憎らしくなる。邪悪を根に張った萩自身をくるみ込もうとする、彦坂の邪念に満ちた思惑が。そうして、確信に満ちて笑う、その男の美しい顔が。